
Sakana AIと三菱UFJ銀行(MUFG)の共同プロジェクト「AI融資エキスパート」が、実案件での検証フェーズへと舵を切りました。このプロジェクトに、Sakana AIのメンバーはどのように取り組んだのか。中心メンバーとしてプロジェクトを牽引した太田(Applied Research Engineer / ARE)と飯田(Project Manager / PM)に、開発の舞台裏を聞きました。
インタビューイー:
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太田 真人 Masato Ota Applied Research Engineer
Sakana AI にApplied Research Engineerとして2025年5月入社。MUFGプロジェクト専任で技術開発を推進している。
2021年に株式会社電通総研にて製造業を中心にAI PoCプロジェクトやAIソフトウェア開発に従事。対外的にもAIエージェントに関する最新情報の発信に積極的に取り組んでいる。共著書に『現場で活用するためのAIエージェント実践入門』(2025年、講談社)。
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飯田 貴登 Takato Iida Project Manager
Project Managerとして、エンタープライズ向けAIソリューションの戦略策定から精度改善、現場実装までをリード。経営アジェンダと現場業務の理解に基づき、AIエージェントを活用した大手金融機関の業務変革を推進している。
東京大学法学部卒業後、Bain & Companyにて製造業や投資ファンドを中心に、戦略策定やビジネスデューデリジェンス、生成AIを活用した収益改革などを支援。2025年7月より現職。
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MUFG × Sakana AIの「AI融資エキスパート」
── 今回、お二人のチームがMUFGさんと進めているプロジェクトについて教えてください。
太田: 一言でいうと、銀行の主要業務の一つである融資のワークフローを、AIエージェントで支援する仕組みを構築しました。多くのプロフェッショナル職業にも共通することですが、融資業務は、「情報を収集し、構造化し、分析したうえで統合判断をする」という複雑なプロセスで成り立っています。今回は、そのプロセスを行員の皆様の隣でサポートできるAIを開発しました。
金融業界では以前からAI活用が盛んでしたが、「多岐にわたる情報の統合と、それに基づく論理的な判断」を支えるもう一歩踏み込んだ技術として、Sakana AIが得意とする、自律的に思考を組み立てる「AIエージェント」を投入しました。
── 具体的には、AI融資エキスパートはどのような支援を行うのでしょうか?
飯田: 融資の相談を受けてから融資を実行するまでのフロー全体を対象に、初期分析や情報整理に始まり、財務シミュレーション、稟議書のドラフトに至るまで一貫してサポートします。複雑かつ大量の分析や資料作成の負担を必要最小限に抑えることで、行員の皆様がお客様とのコミュニケーションや重要論点の検証に集中できる環境の実現を目指しています。
現場の「暗黙知」をワークフローとして構造化する
── 高性能なAIであれば、プロンプト一つで書類が作れたりしないのでしょうか。
飯田: 実務においては、単なるデータの要約だけでは不十分です。重要な意思決定につながる以上、なぜその判断に至ったのかを、組織内外に対して一貫した論理で説明できなければなりません。そこには、長年の経験に裏打ちされた「暗黙知」や、その組織ならではの視点が不可欠です。
太田: お客さまの機密に関わる領域ですので、詳細なプロセスを明かすことはできませんが、我々は「いきなり最終成果物を作らせない」というアプローチをとりました。私が著書『現場で活用するためのAIエージェント実践入門』でも触れたことですが、 実務でAIを活用する際は、一つの指示で完結させようとせず、人間の思考フローを丁寧にトレースした「ワークフロー」を組むことが重要です。
この「複雑な思考プロセスを構造化する」アプローチは、Sakana AIの研究成果である「AI Scientist」とも共通しています。科学的発見において仮説と検証を繰り返すように、ビジネスの論理構築においても、ステップごとにAIが自律的に思考し、整合性を確認しながら進めていく仕組みを構築しました。

── 実際に現場の方々に使ってもらった際、反応はいかがでしたか。
飯田: 最初からすべてが完璧だったわけではありません。実務の現場からは「事実の羅列で読みにくい」「当行とお客様との関係性を踏まえた視点がもっと必要」といった、非常に的確でシビアなフィードバックをいただきました。
ただ、そうした厳しい声こそが改善の鍵となりました。ありがたいことに、評価期間を通じて1,500件近いフィードバックをいただくことができ、そのコメントの一つひとつが大幅な品質向上につながっています。
── それほど膨大なフィードバックを、どうやって品質向上に結びつけたのですか。
太田: 頂いたフィードバックをすべて手作業で整理し、品質改善につなげるには、本来なら相当な時間と労力がかかります。そこで、私たちは改善プロセスそのものにAIを活用しました。具体的には、AIを用いて課題を分類し、テーマごとの改善点を自動で抽出した上で、プロンプトやルールブックを継続的に改善しています。 \
また、AIの回答をAI自身に評価させ、行員の方の評価と突き合わせる仕組みも導入しています。これにより、AIの評価をキャリブレーションでき、優先的に改善すべきポイントが明確になりました。その結果、当初は若手レベルだったAIが、短期間で経験豊富な行員の方々にも改善を実感いただけたことでまた新しい課題にチャレンジするというサイクルが生まれていました。
このように、精度改善にAIをフル活用したことで、非連続なスピードでの改善サイクルを実現することができました。MUFGのご担当者様からも、「Sakana AIさんには凄まじいスピードで改善してもらった」との声をいただいています。
飯田:一点補足すると、このスピード感を実現できたのは、何よりもMUFGの皆様の「本気度」があったことが大きいです。本プロジェクトに対するトップマネジメントレベルでの直接かつ強力な推進のもと、相対するデジタル戦略統括部がハブとなり、通常であればボトルネックになりがちなデータ収集やガバナンス・セキュリティ対応を驚くべき速さで完遂いただきました。
Sakana AIならではのエンジニアリング、プロジェクト進行
── 今回の開発で、特に「Sakana AIらしさ」が発揮された部分はどこでしょうか。
太田: 一つは、我々の研究成果である「ALE-Agent」の考え方を援用した点です。ALE-Agentは、AIが自ら思考を繰り返してタスクを改善していくものですが、その過程で思考プロセスを「ナレッジ」として書き起こします。この仕組みを応用し、ベテランが持つ暗黙知をAIが利用可能な形式に整理して蓄積していくシステムを構築しました。
また、今回はセキュリティやインフラの観点から、使用できる環境に一定の制約があり、最新のハイエンドモデルを際限なく使えるわけではありませんでした。しかし、その制約の中でワークフロー設計を工夫し、モデルの性能を最大限に引き出すことで目標の精度を達成しました。ツールに頼り切るのではなく、エンジニアリング力で解決する姿勢は、Sakana AIらしいチャレンジだったと思います。
── プロジェクトの体制についてはいかがですか。
太田: Sakana AI側だけでも10名以上のメンバーが参画し、実務を理解するARE(Applied Research Engineer)とプロジェクトマネージャー、そして堅牢なシステムを作るSWE(Software Engineer)が密に連携しました。AREチームのなかには「精度評価の専任者」を置くことで、品質向上を一貫して担保しました。
また、エンジニアサイドの業務理解とビジネスサイドのテクノロジーの理解という、双方の専門領域への歩み寄りの深さも、Sakana AIの大きな強みだと自負しています。両者が密に協力してプロジェクトを推進したことで、アウトプットの質・スピードともに大きく引き上げることができました。
飯田: MUFG様とのパートナーシップ契約という形でプロジェクトを推進できたことも、成果につながった大きな要因です。受託開発という形だと、契約通りの納品が優先され、どうしても足元の予定調和な結果に落ち着きがちです。しかし今回はパートナーとして長期的な視点に立ち、「このプロジェクトが出すべき本質的な価値は何か」を常に問い続け、時にはプロジェクトを超えるような課題を発見しそれを解決しにいくなど大胆な舵切りを共に行うことができました。MUFGのご担当者様は、私たちの提案に常に本気で向き合ってくださいました。理想を追求する姿勢を受け止め、現在も共に走ってくださっている皆様には、本当に感謝しています。

AIとの協働を通じて、より人間らしい働き方へ
── 高度な仕事ができるAIが登場すると、人間の働き方はどうなるのでしょうか。
太田: プロジェクトの序盤から一貫して確認してきたのは、「AIは人間の代替ではなく、強力なバディである」という前提です。AIを使うことで人の成長が阻害されてはならず、むしろAIは使う人の能力を伸ばしてくれる存在でなければならないと考えています。「人とAIの役割分担」については、プロジェクト期間中、MUFGの皆様とも何度も議論を重ねてきました。
飯田: これは金融業界に限らず、プロフェッショナル職全般に共通しますが、AIによって生み出された時間は、ステークホルダーとの対話や理解という、より本質的な活動に充てられるべきだと考えています。
例えば、「企業がとるべきコスト削減施策」のデータに基づく判断であれば、既にAIで完璧に近い答えが出せるでしょう。しかし、意思決定の本質はそこに留まりません。現場との対話を通じて初めて見えてくる「従業員の士気への影響」といった、数値化できない想いや背景も、重要な判断材料です。AIが普及するこれからの時代こそ、こうした定性的な文脈を汲み取る力が、人間にはより強く求められると考えています。
だからこそ今回のAI融資エキスパートにも、担当者がお客様との対話を通じて汲み取った熱意や意志といった「人間の想い」を、AIへの入力として組み込める柔軟性を持たせています。
AIに定型的な思考を委ねることで、人間はより高度で人間味のある意思決定という本来の役割に立ち戻れる。私たちが描くのは、そんな未来です。
── 今後の展開について、どのような展望をお持ちですか。
太田: 目指しているのは、AIが実務を通じて学び、継続的に進化し続ける世界です。今後は支援範囲を広げ、ビジネスプロセス全体をカバーできるように拡張したいと考えています。そうした業務プロセスの現場に溶け込み、人が仕事をするなかで自然と成長するようなAIの姿を追求したいです。
飯田: 私たちが目指すのは、単なる省力化ではありません。AIが「良きバディ」として人の成長を加速し、人が成長するほどAIへの良質なフィードバックが生まれ、さらにAIの質も高まる、そんな好循環を組織全体に生み出したいと考えています。世界トップレベルの生成AI技術を持つスタートアップとして、単なる効率化ツールの提供ではなく、AIを通じた「価値の創出」に真正面から取り組んでいきます。

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